Secret dream



翌朝、まだ夜の明けきらない暗いうちに、肩を揺すられる感触で目を覚ましたジェレミアは、寝ぼけた目を擦りながら顔を上げて、薄闇の中にぼんやりと浮かび上がる室内の輪郭に首をかしげた。
一瞬、そこがどこなのか、理解できずにいるようにも見える。
しかし、目の前に佇んでいるルルーシュの顔を見つけた途端に、怯えたような顔をしたところを見ると、どうやら、そこがどこなのかを思い出したのだろう。
結局、ルルーシュは昨夜のクロヴィスの言ったことが気になって、一睡もしていない。
ギアスの研究のことにも驚かされたが、それよりも今は、シュナイゼルの企んでいる「玩具の兵士」のことの方が、ルルーシュの頭の中に引っかかって、穏やかではいられなかった。
その実験体であるジェレミアは、ルルーシュの手元にいる。
昨夜のうちに、ジェレミアの知り得るだけの情報を聞き出そうと思ったのだが、あまりにも気持ちよさそうに熟睡していたので、朝まで待つことにしたのだが、気になって、眠るどころではなかった。
突然揺り起こされたジェレミアは、怯えた瞳でルルーシュを黙って見つめている。
なにを言われるのかと、不安で仕方がないようだった。
これではまともに話をすることもできないと判断したルルーシュは、まずはジェレミアを手懐ける為に、にっこりと笑みを浮かべて見せた。
ところが、それに対してジェレミアは、世にも恐ろしいものでも見たかのような顔をして、怯えるだけでは済まずに、ブルブルと震えだしてしまった。
それを見て、ムッとしたルルーシュだったが、それを表面に出さずに、震えの止まらないジェレミアの肩に手を置こうとしたのだが、指先が触れる前に、ジェレミアは腰を浮かしてずりずりと後ずさる。

「・・・なんでそんなに怯えるんだ?」
「あ・・・」

あまりの恐怖に、言葉が出てこないのか、ジェレミアは開いた口をぱくぱくとさせている。

「出て行けなどと言わないから、そんなに心配するな」
「ほ・・・本当、に?」
「お前の気の済むまでここにいていい」

言われて、ジェレミアは少しだけ安心したのか、ようやく体の震えが止まった。

「ナナリーさまは?」
「ナナリーなら、まだ眠っている。・・・お前と少し話がしたいと思って起こしたのだが・・・」
「は、話?」

ジェレミアの顔は引き攣っている。

「だから、そんなに怖がるな。別に獲って食おうって訳じゃない」
「食う?私を・・・?」

ルルーシュの言葉にいちいち怯えるジェレミアに、痛む頭を抱えたくなるのをグッと堪えて、ルルーシュは努めて穏やかな声で話しかけている。

「・・・人の話をちゃんと聞け。お前を食うつもりなどないから、心配するな」
「は・・・はい」
「ここではなんだから、俺の部屋に来るか?」

ジェレミアは、幼い仕草でこくりと頷いた。
明かりの点した自分の部屋にジェレミアを連れて行き、ベッドの端に座らせると、ジェレミアはきょろきょろと部屋の中を見回している。
ルルーシュの部屋は、必要なもの以外なにもない簡素な部屋だったが、ジェレミアは初めて入った部屋に、興味津々と言った様子だった。
好奇心剥き出しの子供のようなジェレミアに、ルルーシュは苦笑を浮かべる。
そのジェレミアの前に椅子を運んで腰掛けたルルーシュは、ジェレミアの知能の程度から探ることをしなければならない。

「名前は?」
「・・・ジェレミア」
「下の名前は言えるか?」
「下の名前?名前に上とか下とかあるの・・・ですか?」

その答えに、ルルーシュの作り笑いが引き攣った。

「お前の名前は、”ジェレミア・ゴットバルト”だろ?」
「ジェレミア・ゴット・・・?あの・・・もう一回言ってもらえますか?」

ここまでくると、最早作り笑いも限界である。
同じ兄妹でも、ナナリーと違って、気の短いルルーシュは、ジェレミアの相手を気長に勤められるほど、できた人間ではない。

「もういい。とりあえず、お前の名前は”ジェレミア”でいいんだな?」
「・・・はい」

一応は返事を返したものの、「多分」と付け加えたジェレミアは、自分の名前にも自信がなさそうだった。
その後もいろいろと質問はしてみたが、まともな答えは一切返されないまま、ジェレミアは「わからない」「知らない」「覚えていない」と言うばかりで、ルルーシュを呆れかえらせた。
言葉を理解できているのが不思議なほどに、ジェレミアが馬鹿だと言うことだけははっきりとわかった。
しかし、話が「CODE−R」のことになると、途単にジェレミアは震えだして、頭を抱えて蹲ったかと思ったら、

「・・・それは、なに・・・ですか?」

けろりとした表情で、間の抜けたことを聞き返してくる。

「・・・お前、そう呼ばれていたんじゃないのか?」
「あ・・・」

ジェレミアは何かを思い出したように、はっとした表情を浮かべたかと思ったら、怯えるようにルルーシュを見つめた。

「どうした?なにか思い出したのか?」
「ルルーシュさまは・・・私をあそこに連れ戻すつもり、なのですか?」
「戻りたいなら・・・」

「いつでも帰っていい」と言ってやるつもりだったが、その言葉を遮って、

「い、嫌です!ここがいいです!」

ジェレミアは必死の形相でルルーシュに訴えかけた。
それほどまでに、戻りたくないと言うことなのだろう。
取り乱しているジェレミアに、今はこれ以上のことを聞き出すのは困難だと判断したルルーシュは、諦めて、腰掛けていた椅子から立ち上がった。
ジェレミアはそれにも気づかないほどに、恐慌状態に陥っている。
それを何とか宥めて、ジェレミアをベッドに横にさせると、不思議そうな顔でルルーシュを見上げた。

「あ、あの・・・?」
「まだ起きるには早いだろう?もう少し寝ていろ」
「ここで?」
「嫌か?」
「・・・いいえ。でも・・・」
「俺は朝食の支度があるから、お前にベッドを貸してやる」

立ち去ろうとするルルーシュの服の裾を、ジェレミアが掴んだ。

「なにか、まだ俺に用があるのか?」
「あの・・・一緒に、ルルーシュさまと、一緒に寝たいです・・・」
「はぁ!?・・・お前、なに言っているんだ?」

真顔のジェレミアにルルーシュは思わず赤面する。
しかし、ルルーシュを見上げる、ジェレミアの邪気のない澄んだ目は、ただ単に、「一緒にいて欲しい」と訴えかけているようだった。
それを無視して、「離せ」と言って掴まれた服を引っぱるが、しっかりと握り締めたジェレミアは、それを離そうとしない。
ルルーシュは溜息を吐いて、掴まれたパジャマの上着を脱ぎ捨てると、ジェレミアに放り投げた。

「勝手にしろ」

言い捨てられて、ジェレミアは渡された服をじっと見つめている。
まだ温もりの残るそれを抱きしめると、すりすりと頬ずりをしだした。

「気持ちいいです・・・」
「・・・き、気色悪い真似をするなッ!」

変質的な行動をとるジェレミアに、眩暈と悪寒と鳥肌が一斉に襲ってきたルルーシュは、さっき投げ捨てた自分のパジャマをジェレミアの手からもぎ取るように奪い返すと、それをさっさと片付けてから、手早く着替えを済ませた。
ベッドの中からルルーシュの様子をじっと見つめているジェレミアは、戸惑うような複雑な表情を浮かべている。
ルルーシュがどうして怒っているのか、わかっていないようだった。
それに構わず、少し不機嫌な顔をしたルルーシュは、ジェレミアを自分の部屋に残して、朝食の準備をする為にキッチンに向かう。
不安そうな瞳が自分の背中を追いかけていることはわかったが、これ以上、非常識なジェレミアの相手をするつもりは、今のルルーシュにはない。
ところが、ルルーシュの後を追って、ジェレミアがついてきてしまった。
何か言いたそうな顔をしながら、距離を保って突っ立っているジェレミアは、明らかにルルーシュを警戒している。
警戒しつつも、離れようとしないジェレミアはなにを考えているのか、推測することすら馬鹿馬鹿しく思えて、ルルーシュはその存在を無視して、朝食の支度に取りかかった。





その日も、ジェレミアは一日中ナナリーの傍にくっついて、片時も離れようとはしなかった。
ナナリーがそれを嫌がっていないのだから、ルルーシュはそれを別段気にする様子もなく、自室に篭って一日中端末に向かっていた。
夕方近くになって、宅配業者が何か荷物を届けにやって来たが、それ以外は昨日と殆ど変らない。
ルルーシュの機嫌は、良くもなく悪くもなく、平穏無事に一日が過ぎていった。
夜になり、昨夜と同じように先にナナリーを寝かしつけてから、自分の部屋に向かうルルーシュを、毛布に包まったジェレミアが部屋の隅からじっと見つめている。
何か言いたそうな顔をしているのだが、ジェレミアからルルーシュに声をかけることはない。
迂闊に話しかけて、ルルーシュに叱られることを恐れているようだった。
だから、ルルーシュも、あえてジェレミアに声をかけることはしなかった。
そのまま自分の部屋に入り、わざとらしくドアを乱暴に閉めると、部屋の明かりをさっさと消して、ベッドに潜り込んだ。
昨日はルルーシュがベッドに入った直後に、クロヴィスの幽霊が現れたのだが、今日は一向に姿を現さない。
もし、今日もクロヴィスが現れたのなら、ジェレミアについて文句を言ってやろうと思っていたのだが、当てが外れたルルーシュはそのまま瞼を落として眠りに就いた。
それからどれくらい時間が経ったのか、熟睡していてはっきりとはわからなかったが、耳元で名前を呼ばれたような気がして、ルルーシュの意識は眠りの中から呼び起こされた。
最初は、またクロヴィスの幽霊が出たのかと思ったのだが、どうやらそうではないらしい。
重い瞼を上げると、ルルーシュの顔を覗き込むようにして、ベッドの脇にジェレミアが立っていた。

「・・・なにをしているのだ?」

不機嫌な声でそう言うと、ジェレミアは慌てて一歩後ずさる。
それでも、それ以上ベッドから離れようとはせずに、黙ったまま、ルルーシュの顔を怯えた瞳で見続けていた。

「何か用かと、聞いているんだ」
「あの・・・」

何かを言いかけて、ジェレミアは躊躇っている。

「用があるなら、早く言え!」

煮え切らない様子に、思わず口調の厳しくなったルルーシュの声に、ジェレミアはビクリと肩を震わせて、視線を彷徨わせている。
その表情には、不安と恐怖がはっきりと浮かんでいた。
ルルーシュは溜息を吐きながら、眉間に寄せていた皺を消すと、「俺に用があるのか?」と、幾分穏やかな声で聞きなおした。

「・・・い、一緒に寝てもいいですか?」
「・・・お前、居候のくせに図々しいな・・・」

唐突なジェレミアの言葉に動揺することなく、ルルーシュが呆れると、ジェレミアは困ったような顔をする。

「だめ・・・ですか?」
「当たり前だ」
「どうしても?」
「当然」
「私が・・・嫌いだから、ですか?」
「好きとか、嫌いとかの問題じゃない!なんで俺がお前と一緒に寝なければならないんだ!?」
「・・・眠れないのです」
「子供じゃあるまいし・・・一人で眠れないとでも言うのか・・・お前は?」
「はい」

皮肉で言ったつもりのルルーシュの言葉に、ジェレミアは躊躇いもなく素直に頷く。
常識外の馬鹿正直さに、呆れを通り越して眩暈を覚えたルルーシュは、ジェレミアに背中を向けた。

「・・・ルルーシュさま?」
「煩い!あっちに行け!」
「お、お願いです・・・傍にいてください。ひとりは怖いです」

一人寝を嫌がる子供のように、懇願し続けるジェレミアの声は、今にも泣き出しそうで、ルルーシュが「いい」と言うまでは諦めてくれそうになかった。
ルルーシュが譲歩しない限り、眠ることはできないだろう。
だから、

「・・・一人が嫌だというのなら、この部屋の隅でもいいのだな?」
「は、はい」
「俺の安眠を邪魔しないと約束するなら、勝手にしろ」
「あ・・・ありがとう、ございます!」

精一杯の譲歩をしたつもりのルルーシュだったが、その判断が甘かったことに、すぐに後悔することになる。
なぜなら、部屋の隅で蹲ったジェレミアの視線が、ルルーシュの安眠の妨げになって、眠れなかったからだ。
それでも、ジェレミアにルルーシュの安眠を妨害しているつもりはない。
騒がしくしているわけでもなかったし、ルルーシュが勝手にジェレミアの視線を気にしているだけなのだから、それに対して文句を言うわけにはいかなかった。

「・・・ジェレミア」
「はい?」
「・・・そこでもまだ眠れないのか?」
「・・・は、はい・・・」
「そんなに一人で寝るのが嫌なのか?」
「ひとりになるのは怖いから・・・嫌です」
「なにが怖いんだ?」
「そ、それは・・・」

なにが怖いのかと聞かれて、ジェレミアは答えられずにいる。
少し考えた後に、「わからないけど怖いです」と、小さく答えて、毛布で包んだ大きな体を小さく丸めたジェレミアは、嘘を言っているわけではなく、本当に何かに怯えているようだった。

「・・・一緒に寝てやっても構わないが・・・」
「い、いいの、ですか?」
「嫌なら無理にとは言わないが・・・」

ルルーシュはクスリと笑う。
自分でもなぜそれを許したのかわからなかったが、今のジェレミアは無害そうだったのが一番の理由かもしれない。
それに、無邪気に嬉しそうな顔をしているジェレミアが、可愛く思えないこともなかった。
許しを得て、ベッドに潜り込んできたジェレミアは、丸めた体をぴったりとルルーシュにくつけて、幸せそうな顔をしている。
少し鬱陶しくも感じたが、ルルーシュは何も言わなかった。
しばらくすると、気持ちよさそうな寝息が聞こえてきて、それに誘われるように、ルルーシュの意識も眠りの中へと落ちていった。